講談師の神田伯山が、落語初心者の勉強法をラジオでレクチャーしていた。
それによると、まずは立川志の輔の落語を五席ほど聞くところからはじめるといいという。
その次か、次の次か忘れてしまったが、六代目三遊亭圓生のCD落語一〇〇席を聞けと。
ここがいかにも伯山らしいと思った。
面白い落語家の代名詞といえば、筆頭に上がるのは五代目古今亭志ん生だろう。あるいはその息子の古今亭志ん朝か。
彼らを選ばずに、圓生を選んだところに伯山の策略があるように思われる。
圓生の落語はつまらない。
が、話としては聞けなくもない。
まさに講談と同じだ。
伯山の講談は笑えない。
笑えるのは、本筋からはずれたくすぐり部分だけだ、と前にこのブログで書いた。
だから伯山としては、落語そのものを面白おかしく演じることのできる志ん生や志ん朝を世に知らしめたくないのだろう。
少なくとも、そういう方向で落語の面白さを計られるのは、伯山としては困る。
そういうところから、落語を面白く演じることができなくても名人と呼ばれるまでにはなった圓生を推したいのではないだろうか。
あとラジオではバービーとか女子アナとかプロデューサーの悪口も言っていた。いつものごとく笑い屋の気持ち悪い笑い声にまみれながら。
落語を聞くなら誰がいいですか、と問われたら、迷わず古今亭志ん朝を推す。
立川志の輔から、という意見に異論は無い。